高級腕時計のスペック表で目にする「石数」。ブランドや見た目に詳しくても、数字の意味を正しく理解している人は意外と少ないかもしれません。
初めて機械式時計を選ぶときは、「石が多いと高級なのか」と気になるものです。更に、「何のために使われているのか」といった疑問を抱く方も少なくありません。
この記事では、石数が果たす役割や仕組みを分かりやすくご紹介します。更に、石数が多いモデルの特徴や、クォーツ式時計との違いにも触れながら、時計選びに役立つ知識をお届けします。
高級時計の石数とは?

高級腕時計のスペック表にある「石数(JEWELS)」という表示。見慣れないと装飾用の宝石と誤解されがちですが、じつは精度や耐久性を支える重要な部品です。石数が多ければ高性能という印象もありますが、実際はモデルや構造によって最適な数が異なります。
石の役割と意味
腕時計に使われる石は、主に人工ルビーです。非常に硬く、摩擦を減らし潤滑油を保つ目的で使用されます。歯車の軸やてんぷ、アンクルの爪石などに配置されている部品です。
金属の摩耗を防ぎ、精度と耐久性を維持する効果があります。ルビーの中心には微細な穴があり、潤滑油を留める構造です。そのため、長期間にわたりスムーズな動作が続きます。
高級時計では、石の色や透明度、仕上げの美しさも重要視されます。そのため、ムーブメント全体の完成度にも影響を与える要素です。
クロノグラフやカレンダーなど複雑な機構では、石数が増えます。ただし、石が多ければ良いとは限りません。必要な箇所に適切に配置されてこそ、意味を持ちます。
ルビーが使われている理由
腕時計に使われる石の多くは、現在では人工の合成ルビーが主流です。かつてはブルーサファイアやダイヤモンドも使われました。しかしダイヤモンドは硬すぎて、金属部品を傷つけるおそれがあります。その点、適度な硬度と加工性をもつルビーは理想的とされてきました。
モース硬度9のルビーは摩耗に強く、歯車やてんぷなどの可動部で活躍します。金属の摩擦を抑えるだけでなく、潤滑油の消耗も防ぎます。更に表面が非常になめらかで、潤滑性能の維持にも効果的です。また、ルビーは湿気や温度変化にも強く、安定性に優れた素材です。
近年では、透明度や色合いも評価の対象となっています。高級時計では、機能性と美しさの両立が求められるため、ルビーの存在感はさらに増しています。
石の平均的な数
腕時計に使われる石の数は、ムーブメントの構造や機能によって異なります。標準的な機械式時計では17石前後が基本で、歯車の軸受けやてんぷ、ガンギ車などに用いられるのが一般的です。
クロノグラフやGMTなどの複雑な機構を備えると、30〜40石を超える場合もあります。トゥールビヨンや永久カレンダーを搭載する高級機では、50石以上に達するケースもあります。
1950〜60年代には「多石競争」と呼ばれる時代があり、100石を超えるモデルまで登場しました。精度よりも技術力やブランド価値をアピールする意味合いが強かったとされています。
現在では、石の数そのものよりも配置のバランスや整備性が重視されています。適正な数と配置が評価される時代へと変化しているのです。
石数は多い方がいい?

石数が多い腕時計は、高性能で高級な印象を与えることがあります。ただし、数が多ければ優れているというわけではありません。石の数は、ムーブメントの構造や機能に応じて最適化されています。多いからといって、それだけで時計の価値を判断するのは適切ではありません。
例えば、3針の自動巻きモデルであれば、21石程度で精度や耐久性は十分とされています。一方、クロノグラフやパーペチュアルカレンダーのような複雑な機構を搭載すると、構造上どうしても石数が増えるのです。なかには、過剰な石数をマーケティングや装飾目的で採用している時計も存在します。
そのため、見るべきは数の多さではなく、設計に沿った適正な配置かどうかです。
数字に惑わされず、ムーブメント全体の完成度を見極める視点が求められます。
石数を確認する方法
腕時計の石数は、ムーブメントやローターに刻まれた「XX JEWELS」「XX石」といった表示から確認できます。シースルーバック仕様の時計なら、裏蓋越しに赤いルビーの石が見えることもあります。
また、メーカー公式サイトや正規販売店のスペック表でも、石数が明記されているケースが多く、購入時の参考になる情報です。ECサイトやレビュー記事では、実機写真やムーブメント情報とあわせて紹介されることもあり、役立つ情報源といえるでしょう。
記載がない場合は、搭載ムーブメントの型番をもとに調べれば、石数を把握する手がかりになります。外観だけでなく、内部構造にも注目することで、納得のいく時計選びにつながります。
石数の多い人気モデル
石数が多い腕時計は、一般的にムーブメントが複雑で、構造や仕上げにも高い技術が求められる高級機であることが多く見られます。中でも、高度な機構や美しい仕上げを備えたモデルには、機能性と芸術性が融合した魅力があります。
ここからは、実際に多くの石を搭載した代表的なモデルです。それぞれの特徴や石の使われ方に注目して詳しくご紹介していきます。
パテックフィリップ グランドコンプリケーション

出典:https://www.patek.com/
パテックフィリップの「グランドコンプリケーション」は、複雑機構を集約した同社最高峰のシリーズです。
ミニッツリピーターやトゥールビヨン、永久カレンダーなどが搭載されており、石数はモデルによって異なります。Ref.7140G-001は27石、Ref.6102P-001は45石、グランドマスター・チャイムRef.6300GRでは108石が使われています。
なかでも注目すべきは、スケルトン仕様に41石を備えるRef.5304/301R-001です。機能性と装飾性を両立させた緻密な設計により、石の美しさが際立ちます。
「世代を超えて受け継がれる時計」という理念を掲げるパテックフィリップ。その思想はこのシリーズにも深く宿っています。芸術性と実用性を併せ持つ、真の資産価値を備えた一本といえるでしょう。
スペック:Ref.5304/301R-001
自動巻き(Cal.R 27 PS QR LU)。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18Kローズゴールドケース(直径43mm、厚さ13.3mm)。非防水。価格要問合せ。
オーデマピゲ CODE 11.59

出典:https://www.audemarspiguet.com/com/ja/home.html
オーデマ ピゲの「CODE 11.59」は、伝統と革新が融合した意欲作です。
ベーシックな3針モデルRef.15210ST.OO.A348KB.01には、Cal.4302を搭載。ムーブメントには32石が用いられ、細部まで丁寧に仕上げられています。複雑機構モデルでは、Cal.4401(40石)やCal.2950(38石)を採用。
石数の増加は構造的な必然であり、見た目だけの装飾とは異なります。視認性に優れた二重構造のサファイア風防も印象的です。ケースは人間工学に基づいて設計され、装着感にもこだわりが見えます。機能、デザイン、素材のすべてにおいて一切の妥協がありません。
CODE 11.59は、オーデマ ピゲの哲学を体現した現代的なコレクションです。
スペック:Ref.15210ST.OO.A348KB.01
自動巻き(Cal.4302)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径41mm、厚さ10.7mm)。3気圧防水。3,795,000円(税込み)。
グランドセイコー 9Sメカニカル SLGC001

出典:https://www.grand-seiko.com/jp-ja/
グランドセイコー「SLGC001」は、新開発のキャリバー9SC5を搭載したクロノグラフです。公式スペックでは60石を使用し、複雑な構造を支えています。
9SC5は二つの香箱、垂直クラッチ、コラムホイールを備えた高性能ムーブメントです。日差+5〜−3秒の高精度を維持しながら、72時間の駆動を実現しています。
ムーブメントの地板やルビーは裏蓋から鑑賞できる仕様です。グランドセイコーならではの精緻な仕上げも魅力の一つです。
立体的なインデックスと高い視認性を持つダイヤルが、実用性と美しさを両立させています。
高級感と信頼性を備えた一本として、多くの注目を集めています。
スペック:Ref.SLGC001
自動巻き(Cal.9SC5)。3万6000振動/時。パワーリザーブ約72時間。プライトチタンケース(縦51.5×横43.2mm、厚さ15.3mm)。10気圧防水。1,989,000円(税込み)。
オリエント グランプリ100

出典:https://orientplace.blogspot.com/2022/02/the-orient-grand-prix.html
オリエントの「グランプリ100」は、1960年代の「多石競争」を象徴する国産モデルです。
最大の特徴は、当時としては異例の100石を搭載したムーブメントにあります。これは実用性よりも、技術力やブランド力の誇示が主な目的でした。他社との開発競争の中で生まれた、非常に意欲的な設計といえます。
石数の多さで精度や耐久性への姿勢を示す役割も果たしていました。同時に、企業としての挑戦心も強く投影されたモデルです。
装飾性と先進性を兼ね備えた構造は、当時の国産時計の到達点の一つでした。現在ではヴィンテージ市場でも評価が高く、名作として語り継がれています。日本の時計史に名を残す存在であり、多石時代の象徴的な1本です。
スペック:Ref.S65409
自動巻き(Cal.661)。1万8000振動/時。パワーリザーブ約40時間。K14金張りホワイトゴールド製ケース(直径約37mm、厚さ約12mm)。非防水。価格要問合せ。
クォーツ時計の石数はいくつ?
クォーツ式時計にも「石数」は存在しますが、機械式に比べてその数は非常に少ないのが特徴です。これは電子制御によって動くクォーツの構造上、可動部が限られており、摩擦を抑える石はあまり必要とされません。一般的には2〜4石、多くても10石未満であることがほとんどです。
次に、クォーツ時計における石の役割と、機械式との違いを見ていきます。
クォーツ式時計の石数は機械式よりも少ない
クォーツ式時計では、秒針を動かすステップモーターや歯車がわずかに存在します。ただし、機械式のように連続した動作はなく、摩擦を軽減する石も最小限で済みます。
一般的なクォーツムーブメントでは、2~4石程度が標準的です。高機能なクロノグラフやアナログ式のマルチファンクションモデルでも、10石未満に収まる場合がほとんどです。
構造がシンプルなため、石数の多さが重視されることはほぼありません。電子回路が主体である以上、石を減らしても性能に影響は出にくいのです。その分、製造コストが抑えられ、メンテナンスの手間も少なくなります。これがクォーツ時計の大きな魅力といえるでしょう。
なぜクォーツ式時計は石数が少ないのか
クォーツ時計の石数が少ない理由は、その構造にあります。クォーツムーブメントは電池で動く電子式で、水晶振動子とIC回路によって時間を制御します。
そのため、物理的な歯車の動作がほとんどなく、可動部も必要最低限に抑えられているのです。可動部が少なければ、摩擦が起きる箇所も当然減ります。ゆえに、摩耗を防ぐための石もごくわずかで済みます。
石は主に、ステップモーターの軸や秒針を動かすギアの摩耗を抑える役割です。加えて、クォーツ式は構造が簡素なため、分解・整備も機械式に比べて簡単です。多くの石を使って耐久性を補う必要がなく、設計の段階から最小限の石で済むように工夫されています。
つまり、石数の少なさはクォーツ式時計の機能性と合理性の象徴であり、決して品質が劣るというわけではありません。
石数が多いから精度が高いわけではない
石数が多い時計=高精度というわけではありません。石数はムーブメントの構造や複雑さに応じて決まるもので、性能を直接示すものではないのです。
3針のシンプルなモデルでも、高精度な時計は数多く存在します。設計や調整技術、品質管理のほうが精度に与える影響は大きいといえます。石数はあくまで一つの参考値にすぎません。
見た目の数値だけで判断せず、設計思想やブランドの信頼性、ムーブメントの実績に目を向けることが大切です。そうすることで、後悔のない時計選びにつながるでしょう。