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時計に強いこだわりを持つ方にとって、量産モデルでは満足できない瞬間が訪れます。そんなときには、世界中の独立時計師たちが手がける唯一無二の時計に注目したいところです。
この記事では、独立時計師とは何かをご紹介します。あわせて、日本人時計師である菊野昌宏氏、浅岡肇氏、牧原大造氏の代表作についても詳しく解説します。
世界で活躍する独立時計師たちの魅力について知りたい人は、ぜひご一読ください。
独立時計師アカデミーとは?

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伝統と革新を体現する独立時計師たちが集う、世界的にも権威ある組織。それが「独立時計師アカデミー(AHCI)」です。1985年、スイス・ジュネーブでスヴェン・アンデルセン氏とヴィンセント・カラブレーゼ氏によって設立されました。
このアカデミーは、伝統的な手作業による時計製造を推進し、独創的な時計作りの精神を未来へつなぐことを目的としています。
大量生産では表現できない、職人の技術と芸術性を大切に守っています。現在、世界中から約35名の独立時計師が加盟しており、腕時計だけでなく、置時計や掛時計にも活動の場が広がっている状況です。
「神の手を持つ」と称される時計達
独立時計師アカデミー(AHCI)に加盟するためには、非常に厳しい条件をクリアしなければなりません。まず、既存正会員2名の推薦を受け、国際的な見本市(たとえばバーゼルワールド)で新作時計を発表します。
その後、2年連続で新作発表を行います。最終的に総会で全会一致の賛成を得た者だけが、正会員となる仕組みです。
この厳しいプロセスを乗り越えた時計師たちは、自らの手で設計から製造、装飾まですべてを完結できます。圧倒的な技術力を備えていることが、彼らの大きな特徴です。複雑機構を含む時計を一人で作り上げる力量は、「神の手を持つ」と称される理由にほかなりません。
アカデミーのメンバーは、伝統技術を継承しながらも独自性あふれる作品を生み出しています。また、世界的な展示会や巡回展を通じて、その卓越した技術と情熱を世界に発信しています。
少量生産で製造される最高品質の時計
独立時計師とは、メーカーや大手ブランドに属さない職人を指します。個人またはごく少人数で、時計の設計・製造・組み立て・装飾までを一貫して手がけるのが特徴です。
彼らが生み出す時計は、すべて少量生産です。一人で作業を進めるため、年間の製造本数は1本から数十本程度に限られます。大量生産品とは異なり、1本1本が手間と情熱を注ぎ込んだ結晶です。
希少性が非常に高いため、価格は数百万円から数千万円に達することもあります。納期も半年から数年かかる場合があり、完成までに長い時間が必要です。
工業製品と比べると、パーツの仕上げや装飾、組み立て精度に至るまで、手作業の温もりが感じられます。さらに、顧客の要望に応じたカスタマイズが可能な点も、大量生産品にはない大きな魅力です。
日本人の独立時計師

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日本にも、世界で高く評価される独立時計師たちが存在しています。彼らは伝統的な技術と独自の感性を融合させ、唯一無二の時計を作り上げています。多くの時計師は、世界的な独立時計師組織「独立時計師アカデミー(AHCI)」に正会員として名を連ねているのが現状です。日本人独立時計師の作品には、日本独自の「和」の美意識や伝統技術が色濃く表れています。
設計から製作、装飾まですべてを手作業で行い、基本的に受注生産が中心です。その精度と美しさは、海外のコレクターからも高く評価されています。
牧原大造
牧原大造(まきはら だいぞう)氏は、1979年生まれの日本人独立時計師です。世界的な独立時計師組織「独立時計師アカデミー(AHCI)」に、日本人として3人目に正会員認定されました。現在は埼玉県を拠点に活動しています。
高校卒業後は料理人として8年間働きました。その後、27歳でヒコ・みづのジュエリーカレッジに入学し、時計製作の道へ進みます。在学中、フィリップ・デュフォー氏との出会いが転機となり、「作る時計師」を志しました。
牧原氏の作品は、日本の伝統工芸と高度な時計技術を融合させた点が特徴です。江戸切子を文字盤に採用し、ムーブメントには精緻な手彫りを施すなど、和の美意識を徹底して追求しています。すべての工程を手作業で行い、唯一無二の芸術作品を生み出しています。
牧原大造の代表的な時計
菊繋ぎ紋 桜
2018年に発表されたモデルで、江戸切子の伝統文様「菊繋ぎ紋」を文字盤全面に施しています。バーゼルワールドにも出展され、世界的な注目を集めました。細密な彫金と、立体的な美しさが際立つ作品です。
花鳥風月
2020年に発表されたモデルです。江戸切子を文字盤に使用し、桜とメジロをモチーフにした芸術作品です。花弁が12時間・24時間ごとに開閉する複雑機構を搭載し、詩情豊かな表現が高く評価されています。
菊野昌宏
菊野昌宏(きくの まさひろ)氏は、1983年北海道深川市生まれの日本人独立時計師です。スイスの「独立時計師アカデミー(AHCI)」に、日本人として初めて正会員として認められた人物でもあります。
ヒコ・みづのジュエリーカレッジで時計修理を学びました。卒業後、江戸時代の「万年時計」に影響を受け、和時計の製作に取り組みました。2011年に「バーゼル・ワールド」で初出展し、2013年には30歳でAHCI正会員になっています。
菊野氏は、設計から部品作り、組み立てまでを一貫して自ら手がけています。日本の伝統や「和」の美意識を取り入れた作品づくりも特徴です。受注生産による一点物のため、1本に半年から1年以上かけて製作することもあります。
特に「和時計」シリーズは、世界でも他に例を見ない存在として高い評価を受けています。
菊野昌宏の代表的な時計
和時計(わどけい)シリーズ
江戸時代の日本独自の時刻制度「不定時法」を、現代の腕時計で世界で初めて再現した作品です。季節によって時間の長さが変わる仕組みを、日々インデックスが自動で動く機構によって表現しています。「和時計改」「和時計改 暁鐘」「和時計改 瑞祥」など、さまざまなバリエーションも存在します。
トゥールビヨン 2012
世界的に知られる複雑機構「トゥールビヨン」を搭載したモデルです。日本人独立時計師として初めてトゥールビヨンを発表したことで、記念碑的な作品となりました。重力による精度誤差を補正するこの機構を、手巻き式で精密に仕上げています。
朔望(さくぼう)
月の満ち欠けをテーマにしたムーンフェイズ搭載モデルです。ケース素材には伝統技法「黒四分一(くろしぶいち)」を使用し、静かな気品と深い美しさを湛えた仕上がりになっています。
折鶴
日本の折り紙文化を象徴する「折鶴」をモチーフにしたアートピースです。精巧な彫金技術と独創的なデザインが融合し、工芸品のような趣を持つ時計となっています。
木目(もくめ)
日本伝統の金属工芸「木目金(もくめがね)」を文字盤に採用したモデルです。自然な木目模様の美しさと金属の力強さが融合し、唯一無二の芸術作品に仕上げられています。
浅岡肇
浅岡肇(あさおか はじめ)氏は、1965年神奈川県生まれの日本人独立時計師であり、プロダクトデザイナーでもあります。世界的な独立時計師組織「独立時計師アカデミー(AHCI)」の正会員として活躍しています。
東京藝術大学美術学部デザイン科を卒業しました。その後、プロダクトデザイナーとして活動し、時計製作に独学で挑戦します。2009年、日本初となるトゥールビヨン腕時計を発表して注目を集めました。2015年にAHCI正会員となり、2016年には「東京時計精密」を設立。「KURONO TOKYO」ブランドも立ち上げ、幅広い活動を展開しています。
浅岡氏は、デザインから部品製造、組み立てまで自ら手がけています。さらに、技術だけに頼ることなく、「センスと仕上げの美しさ」を重視する姿勢も大きな特徴です。彼の時計は、国内外の王室や著名コレクターにも愛されています。
浅岡肇の代表的な時計
Tourbillon #1(トゥールビヨン #1)
2009年に発表された、日本国産初の市販用トゥールビヨン腕時計です。高い技術力とデザイン性で、銀座和光などでも販売され注目を集めました。
TSUNAMI(ツナミ)
2013年にバーゼルワールドで発表されたモデルです。大型テンプと大型香箱を搭載し、優れた精度とムーブメントの美しさが際立っています。裏蓋からは、自社製ムーブメントを眺める楽しさも味わえます。
Tourbillon Pura(トゥールビヨン ピュラ)
2016年バーゼルワールドで発表されたモデルです。ピュアなデザインを追求し、キャリッジには航空宇宙用素材A7075ジュラルミンを使用しています。
Project T
2014年に工具メーカーOSGと共同開発されたモデルです。極限まで精密加工技術を突き詰めた、実用性と美しさを兼ね備えた時計です。
クロノグラフ1(CHRONOGRAPH 1)
2020年、サブブランド「KURONO TOKYO」から発表されたクロノグラフモデルです。ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)でファイナリストに選出され、世界的に注目を集めました。
KURONO TOKYO/CHRONO TOKYO(クロノトウキョウ)
浅岡氏のデザイン哲学を、より多くの人に届けるために設立されたブランドです。手の届きやすい価格帯ながら、独自の美意識と高品質を備えています。代表作には、「アニバーサリーグリーン 森:MORI」や「カランドリエ Type1」があり、いずれも高く評価されています。
海外の独立時計師

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世界には、日本以外にも優れた独立時計師たちが存在しています。彼らは伝統を守りながらも、独自の哲学と技術を駆使し、革新的な時計作りに挑み続けています。彼らの作品は、世界中の愛好家たちの心をとらえてやみません。
フィリップ・デュフォー
フィリップ・デュフォー氏は、1948年スイス・ル・サンティエ生まれの世界的な独立時計師です。時計製造の聖地ジュー渓谷で育ち、ジャガー・ルクルトやヴァシュロン・コンスタンタンで技術を磨きました。その後、1978年に独立しています。
1992年には、世界初のミニッツリピーター付き腕時計「グラン・プチ・ソネリ」を発表しました。この作品で技術部門金賞を受賞し、独立時計師として世界的な名声を確立しています。設計から仕上げまで手作業で行い、年間生産本数は30本前後に限られています。
代表作は「グラン・プチ・ソネリ」「デュアリティ」「シンプリシティ」などです。とくに「シンプリシティ」は、純粋な機械式時計の美しさを極めた名作として知られています。デュフォー氏の完璧主義は、時計界で「時計の神様」と称えられる理由となっています。
アトリエ デ クロノメトリ
アトリエ・ド・クロノメトリーは、スペイン・バルセロナを拠点に活動する独立系ウォッチメーカーです。クリエイティブディレクターのサンティ・マルティネス氏が中心となり、少数精鋭の職人たちが活躍しています。彼らは、伝統的な手作業による時計製作にこだわっています。
1930〜40年代の時計製造黄金期を再現することを理念とし、すべてが顧客オーダーによる一点物です。CNC(コンピュータ数値制御)を使わず、ハンドメイドに徹する姿勢を貫いています。年間生産本数はわずか約10本に限られています。
代表モデルは「Atelier de Chronométrie #6」や「#7」などです。古典技法と現代的な美意識を融合させた仕上がりが特徴で、世界中の時計愛好家から高い評価を受けています。
D.ドルンブルート&ゾーン
D.ドルンブルート&ゾーンは、ドイツ・カルベに工房を構える独立系時計ブランドです。1999年に時計修理職人ディエテル・ドルンブルート氏と息子のディルク氏によって創業されました。
現代的なCNC機械は使わず、昔ながらの工具と手作業による製作を徹底しています。初期はユニタスムーブメントをベースに改良していましたが、現在は自社設計・製造ムーブメントも手がけています。
デザインは船舶用デッキウォッチやマリンクロノメーターに着想を得た、クラシックで視認性の高いものが中心です。代表作には「99.1」などがあり、重厚感と精密さを兼ね備えた時計作りで高い評価を得ています。
ラング&ハイネ
ラング&ハイネは、ドイツ・ドレスデンを拠点とする独立時計師ブランドです。1994年、マルコ・ラング氏とミルコ・ハイネ氏によって設立されました。伝統的なグラスヒュッテ様式を踏襲し、手作業による緻密な仕上げを徹底しています。
創業後まもなく、ハイネ氏はノモス グラスヒュッテに移籍しましたが、ブランドは「ラング&ハイネ」として継続されました。すべての時計は少量生産で、ケースや針、ムーブメントの細部に至るまで職人技が光ります。
代表モデルには「ゲオルク」「アウグストゥス」「フリードリッヒ」「アルベルト」などがあり、コレクターや時計愛好家から高く評価されています。
ハブリング2
ハブリング2は、リチャード・ハブリング氏と妻マリア・クリスティーナ氏によって創業された独立系時計ブランドです。2004年にオーストリアで設立されました。ブランド名の「2」は、夫妻の協力関係を表しています。
小規模ながら、自社製ムーブメントの開発にも取り組んでいます。ジャンピングセコンドやフドロワイヤントなど、独創的な複雑機構を搭載したモデルを発表しました。手作業による針の曲げ加工や、38.5mm前後の薄型ケースも特徴です。
代表モデルには「フェリックス」「アーウィン」「クロノ フェリックス パーペチュアル」などがあります。シンプルなデザインの中に、高度な技術が凝縮されている点も魅力です。カスタマイズ対応も柔軟で、世界中の時計ファンから高く評価されています。
グローネフェルト
グローネフェルトは、オランダ出身の兄弟によって設立された独立時計師ブランドです。創業者はバート・グローネフェルト氏とティム・グローネフェルト氏で、創業は2008年です。
二人は1912年から続く時計師家系の三代目にあたります。スイスのWOSTEPで時計製作を学び、ルノー・エ・パピでも複雑時計の製作経験を積みました。手作業による少量生産にこだわり、複雑機構を搭載した高級時計を手がけています。
代表作には「1941 ルモントワール」や「ワンヘルツ(ONE HERTZ)」があります。特に「1941 ルモントワール」は、GPHGメンズウォッチ賞を受賞した名作です。
また、オランダ建築に着想を得たムーブメントのブリッジ形状や、クラシックとモダンを融合させたデザインも特徴です。グローネフェルトの時計は、世界中で高く評価されています。
ヘンチェル
ヘンチェル(HENTSCHEL)は、1993年に設立された独立系時計ブランドです。創業者はドイツ・ハンブルク出身のアンドレアス・ヘンチェル氏です。創業当初からオーダーメイドを中心に、伝統的な手仕事で時計製作を続けています。
港町ハンブルクの歴史に根ざした世界観も大きな特徴です。マリンクロノメーターやデッキウォッチに着想を得た、クラシックで視認性の高いデザインを採用しています。
近年は自社製ムーブメント「WERK1」や「HUW1130Premium」を開発しました。高精度と品質へのこだわりも、更に強めています。
代表作は「H1クロノメーター」です。ドイツ海軍天文台基準をクリアした精度と、美しいシルバーダイヤルで高く評価されています。
クドケ
クドケ(KUDOKE)は、ドイツの独立時計師ステファン・クドケ氏が設立した独立系ブランドで、創業は2007年です。
1978年生まれのクドケ氏は、グラスヒュッテの時計学校を州トップの成績で卒業しました。その後、グラスヒュッテ・オリジナルなどで複雑時計の開発に携わりました。
設計、スケッチ、彫金、スケルトン加工に至るまで、すべて自身の手で行っています。伝統的な手仕事を守り続けている点も特徴です。
2018年には自社製ムーブメント「Kaliber 1」を開発し、「KUDOKE 1」「KUDOKE 2」を発表しました。「KUDOKE 2」はGPHG“小さな針賞”を受賞し、国際的な評価を高めました。
年間製作本数は約70本に限られ、所有者に特別な一本を届けています。
ランディ・ブルー
ランディ・ブルー(Lundis Bleus)は、スイス・ラ・ショー・ド・フォンを拠点とする独立系時計ブランドです。2016年に創業されました。創業者は、CIFOM時計学校で出会ったヨハン・ストーニ氏とバスティアン・ヴィリオメネ氏です。
ブランド名は「憂鬱な月曜日」を意味しています。かつて時計師たちが日曜に飲み過ぎ、月曜はゆっくり仕事を始めたという逸話に由来します。
設計から製作、検査までを2人で手がけ、年間生産は約50本です。
代表作には「Contemporaines Ref.1100」シリーズがあります。グラン・フーエナメルやオニキスなど、多彩な素材を使った美しい文字盤が特徴です。伝統技法と自由な発想を融合させた、希少なスイス時計ブランドです。
誰とも被らない独立時計師の時計
独立時計師たちが生み出す時計は、量産品にはない輝きを持っています。一人の技術者が魂を込めて作り上げるからこそ、所有する喜びも格別です。
誰とも被らない時計を探しているなら、独立時計師たちの作品を選んでみてください。きっと特別な存在となるはずです。